飢田コウヘイの  ひょんなコトから

略して「ひょコら」 フリーの役者、飢田コウヘイの徒然日記
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熱意と恥辱のビジョンズ
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てコトで、『自分の聲』のDVDが完成しました!
6月の芝居はちょっと特殊なんで販売できるかわかりませんが、12月の本公演からは劇場で売り出すハズです。

これ以前の公演も映像に残してはいたのですが、カメラ置きっぱなしの撮りっぱなしで、全体像をひたすら録画しただけですからとても人様に見せるような代物じゃーござんせん。

でも今回はちゃんとした腕のある方に撮ってもらいまして。元NHKのカメラマンさんがね、カメラを二台持ち込んでアップしたりナメたりしてくれたんで、見れるものになっております。

それでも芝居は映像に残りませんから、躍動感や迫力なんかはだいぶとスケールダウンしてますが。仕方なし仕方なし。


そのままカメラマンさんに編集してもらったのですが、ありがたいことに凝っていただいて、ちょくちょく「ドラマか!」みたいなシーンもありました。
映像マジック!!

特にオススメは、渾身の編集のエンディングロール!

これねぇ、ホントいいよ。なんかみんな俳優みたいだ。俳優だけど。
これだけでも見る価値アリです。



出演者爆笑。

しながら

未熟な自分の演技を映像として見せつけられて

心の中でギラリ。
いつでも聲は発されてる。聞こえないのは聞かないから。
2009021318080000.jpg
写真はぎこちない親子。


「自分の聲」終演からちょうど一週間。
昨夜は精算会がありました。精算会とは、まぁ諸々を精算する会。

全員は揃わなかったけど、自分の聲の座組として集まるのはこれが最後。なんだか感慨深いものがあります。

今まで若さにかまけて馬鹿みたいに芝居を楽しむだけだった自分が、少し責任に対して考えを巡らすきっかけになった公演です。
ちょっと、僅かだけど、辞める、という選択肢も頭によぎったのですが、どうやらそうはならないみたい。
でも、これからの一歩が今までの一歩より軽くないものになれば、いや。なります。
粛々と、大胆に歩いていきます。


なんにせよ、自分の聲の記事はこれにて終了!
これからの飢田の活躍にご期待下さい!

あ、これから。客演の話も、随時募集していたり。
おまけの聲
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劇団体臭演劇・看板俳優ソロステージ
おまけの聲
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写真は千穐楽にのみ登場した絵画。片倉作『高杉氏・伊達英二バージョン』


アンケートや直接寄せられた質問に答えるQ&Aコーナー!

Q:片倉が高杉に渡した絵は毎回読まれた紙を踏まえて裏で描いてるんですか?

A:そうであれば素晴らしかったのですが、さすがに時間が足りません。
事前に飢田が描いといた絵に、片倉役の蓮根氏が口八丁で読まれた紙の内容をこじつけておりました。



Q:高杉役の人は一人芝居でもしてる方なんですか?

A:そう質問する気持ちはよくわかります。でも特にそういう経験は無いみたいです。
飢田と同じ24歳であれだけ芯が通った演技ができるのは本当にすごいですよね。



Q:バッドエンドですよね?

A:お客様の感受性にお任せします。
が、功治は父を殺したことに少なからず後悔しているのに対して、ラストシーンの崇には希望が溢れています。
そのつもりで演りました。



Q:「最後の晩餐」もインプロですか?

A:アレは所謂チュートリアルです。稽古中に蓮根氏が編み出した鉄板ネタです。



Q:美恵役の子は本当は何歳なんですか?

A:高杉のセリフ引用「若さは活力の現れですからな!実年齢など取るに足らんものです」



Q:主宰が毎回横に大きくなってますがas if〜は儲かっているのですか?

A:いいえ。アレは不摂生が原因です。
もし芝居を気に入っていただけたなら、今後の主宰の幸せ太りにご協力下さい。



Q:飢田さんはゲイですか?

A:女の子が好きです。



Q:飢田さんの髪は自毛ですか?

A:泣きますよ。
おまけの聲
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二階からのダイレクトアタック!!
おまけの聲
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誰もいないセット
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←凸ハッピーエンドは誰のもの?
ヤリナオス


自分の聲で僕が演じた崇は、最後に姉に対する愛が自分を保つための自己愛でしかないことに気づいて、姉を殺害し一人で舞台である山小屋を後にします。
「幸せになりたい」「もう一度やりなおす」と呟いて。
姉と父を殺して一人になった崇がこの後幸せになれるとは考えにくい。
絶望しかない未来に向かって一歩を踏み出した崇。このお芝居の結末は悲劇だったのでしょうか。

状況や運命に操られるがまま、心の中の本当の聲に耳を傾けず自分を偽ってきた崇。
彼が本当の自分に気づき、新たな人生が始まるところがこの物語の終わりです。
これが彼の精一杯のハッピーエンドだったのではないでしょうか。

そしてこの物語の登場人物の全てが、最終的には自分の本心に気づくことができました。
全員が歪んでしまった人間達という特殊な状況においては、これが精一杯のハッピーエンドだったのではないでしょうか。



内容が人間の内面を描こうとするもので、しかも台本を書いているのも演じているのも未熟な若造達。
本当の意味での愛憎も、実感としての親側の親子愛も何も知らないバカ者共が創ったお芝居です。

拙すぎて笑っちゃった方もいたことでしょう。
見当違いに怒りを覚えた方もいたことでしょう。
自分達の未熟をひどく痛み入ります。

しかしこの台本には、少なくとも若造である主宰が若造として感じたことを偽りなく書いてあります。
バカ者である役者がバカなりに感じたことを舞台にのっけました。

現実としての真実は無いかもしれません。それを見つける術も伝える術も僕らは知らなかった。
ただ個人としての、個人の現状としての真実を何とか表そうと足掻くしかできなかった。

砂糖が甘いという事実さえ、空が青いという事実さえ、全ての人たちとは共有できない危うい人間という生き物だからこそ、個人としての真実を叫ぶ演劇があっても良いかな、と。そう思います。

その真実に触れて、自分の聲に気づけた登場人物を通じて、物語は悲惨に終わったとしても、観てくださった方の誰かにハッピーが訪れれば幸いです。


楽しんでくれた人もいたし、楽しめなかった人もいた。
そのどちらの人にも、心からの感謝を持って、観てくださって本当にありがとうございます、と、そう伝えたいです。
でき得るならばより多くの人にハッピーが訪れるよう一同更に精進していきます。




偉そうなこと言っといて、僕個人としては、役者失格だと自覚した公演でした。
これからどうしようか…
終わって聲がしない
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自分の聲、終わりました。
千穐楽から打ち上げまで全て終了しました。

アンケートも全て読ませていただきました。
手間と時間を払って書いていただいているので、一枚一枚に綴られた本心を丁寧に受け止めさせていただきました。

非常に反省を繰り返した本番でした。自分の情けなさを叩きつけられるように直視しました。



打ち上げが終わっても終わったという実感は無く、泥のように寝て起きて、稽古も本番も無い日を迎えて初めて終わったことを実感します。
いつもそうです。

なんだか今は何も考えられません。
気分が落ち着いたら、それこそ自分の聲に耳を傾けなくてはなりませんね。
でも、今は、何も考えられません。


来ていただいた全てのお客様と応援してくれた全ての人と座組のみんなとスタッフの皆さんに、心から感謝します。
支えられてまた一つの作品を産むことができました。

ありがとうございました。
最後の聲
所詮自分が芝居をやる覚悟なんて、自分自身が苦しみに耐えたり自分の世界の中の人の期待を背負ったりする程度で。
突然それが自分だけの問題でなくなった時、咎を背負ってまで貫き通せる道なのか?

償いという言葉があまりにもエゴイスティックだということが、わかる。


でも
その問題は、今は置いておこう。
なんだか今は俯いた途端に転がり落ちていきそうなので、馬鹿みたいに口を開けて見上げるだけでいようと思う。



ついに千穐楽です。
このメンツで演る『自分の聲』は、この宇宙が産まれて地球ができて人が繁殖してきた長い長い時間の中で今日の一回が最後、なんですね。
瞬間瞬間でいろんなものが生まれて消えるなんて実はありふれたコトなんだろうけど、それでもやっぱり寂しい。
いや、嬉しい。

今日も今日とて吐くほど緊張して、魂の位置を確認しよう。


鎮魂歌を歌おう。
もう四日目です
只今マチネとソワレの間。

今日は幼なじみの中村が名古屋からサプライズ的に観に来てくれました。
いやジモトモが来てくれると一層嬉しいやね!

今日のマチネはミスったら役者辞めるつもりでやりました。
どうだったんでしょうか?


ソワレも疲れを見せずにやり切ろう。


これからやるべきことはわからなすぎて苦しくなるが、今やるべきことだけはよくわかる。

やり切ろう。
今は、自分のためじゃない。自分以外のみんなのために。