飢田コウヘイの  ひょんなコトから

略して「ひょコら」 フリーの役者、飢田コウヘイの徒然日記
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メイキング『死が二人を別つまで』vol.13
人類滅亡!!!

何故だかどういう理由かはわからないが、ある日突然あっという間に人類は滅亡した。…たった二人の夫婦を残して。

街も政府も社会も無い、あるのは荒れた大地とマイホーム。それでも始まる新婚生活。
こんな世界なのにありふれた、そんな世界でも幸せな、ドコにでもありそうでドコにもありえない、星の上にたった二人の夫婦の物語。

この物語は、永遠に続く―



飢田コウヘイ初の脚本・演出作品!

なないろ風船番外公演緑組vol.3
『死が二人を別つまで』
作・演出/上田恒平
公演情報はこちら




2010021614450000.jpg
ホームセンターにてポリエステル板を裁断中。

今回のセットはシンプルながら不思議〜な感じ。衣裳と同じくこだわってまよ、低予算ですが凝ってます!
まぁつまりは妥協はしてないですってことか。


稽古はついに大詰め。
今回はあちゃにちょっと無茶な役をやらせてるんですが、だんだん光が見えてきました。
あの子は努力家です。
だからオファーしました。

ちなみに一番の不安要素は自分の芝居だったのですが、こっちも光が見えてきました。
何とか落ち着いて幕開けを待てそうです。



それでも四日後には幕が開くなんてにわかには信じられません。

稽古まだまだしたいから…とかではなく、自分の作品が世に出るって感覚が想像できない。

嬉しい怖いような…

やっぱ怖いです。


でも芝居の中身については自信と誇りを持ってます。

あと少し、出来るとこまでやらねば…!
メイキング『死が二人を別つまで』vol.12
人類滅亡!!!

何故だかどういう理由かはわからないが、ある日突然あっという間に人類は滅亡した。…たった二人の夫婦を残して。

街も政府も社会も無い、あるのは荒れた大地とマイホーム。それでも始まる新婚生活。
こんな世界なのにありふれた、そんな世界でも幸せな、ドコにでもありそうでドコにもありえない、星の上にたった二人の夫婦の物語。

この物語は、永遠に続く―



飢田コウヘイ初の脚本・演出作品!

なないろ風船番外公演緑組vol.3
『死が二人を別つまで』
作・演出/上田恒平
公演情報はこちら




2010021516330000.jpg
ユザワヤはユートピア!あんな芝居したいこんな芝居したいとドンドンアイデアが出てくる!

まぁ布先行で芝居つくったりしませんが。

今回もちろん衣裳もこだわってます!!
すごくステキだからそれだけでも一見の価値ありありかと!


なかなか稽古日記が書けてません。流石に忙しさがピーク!寝ても覚めても死が二人を別つまで!
幸せなことです。

とっくに集中稽古に入ってまして、メキメキ良くなってます。いやほんとメキメキ。

自分、芝居の夢なんてあんまり見ないんですが、流石に焦って夢に出ました。
それくらい不安になったかと思えば、次の日の稽古が良くて安堵したり。

こう言っちゃなんですが、自信作です。

観た人が数年後「オレ、あの飢田コウヘイの初演出作見たんだぜ」と自慢できるような。
残念ながら観られなかった人が数年後に悔しがるような。

そんな作品にしたいですね!と、すごく青臭い夢みたいなコトを言ってみる。
でもまぁたまには。


ホントに損するかもよう?見逃せません!
チョコチョコしい
2010021418230000.jpg
口がチョコチョコしい。

バレンタインデーが稽古ってのはいいね。特に今回の座組は女性が多いのでね。

脳ミソ使ってるからか常に糖分が欲しいんで、助かるわい。

チョコかじりながら演出してゴメンね。でもそれが許される日を人はバレンタインデーと呼ぶ!



稽古場の鍵を貰う施設のおばちゃんが、書類に日付を記入しながら
「2月14日…貰ったの?あらヤダ羨ましい〜」
だって。

もうすっかり仲良し!
- | 23:36 | comments(0) | - | pookmark
ディスイズオーシャンズ
オーシャンズを映画館で。THIS IS ITをDVDで観ました。

どちらも本質は同じだと感じました。


生命の客観的な記録。


母なる海を。キングオブポップスを。尊敬し崇拝する者の賛美歌。
両方が、ただひたすらにひた向きに生きる、ということを映した映画だと感じました。


もともとネイチャードキュメンタリーが好きでそういう映画はほぼ全部見てるので、期待通り圧倒されました。やっぱりドキュメンタリーは海が一番。

MJに関してはさほど興味が無かったのですが、そのパフォーマンスを見ればキングと思わざるを得ない!脅威のエンターテイナーでした。



ただ、やはりどちらも「客観的な」記録に過ぎない。
海もマイケルも自ずから語らない。

オーシャンズはある種啓蒙的な、「海は悲鳴をあげてます」「動物達を助けましょう」といったメッセージが多分にあった。それはやっぱり間違いなく正しいのだろう。
でも、それもどこまで行っても本人の声ではない。
あくまで他者からの一方的な意見。

THIS IS ITもそう。マイケルを愛し尊敬する者たちの、マイケルを愛し尊敬する者たちによる、マイケルを愛し尊敬する者たちのための映画。
もちろんそのエンターテイメント性は神聖と言っていい領域に来ている。それは疑うべくもない。
だからこの映画が語ることは全て信じていいかと言われれば、正直わからない。


ひねくれてるけどね。


感動するのは容易くて、そして容易く感動するのは美しいことだけど、感動と崇拝は直結しない。

それだけわかってればいい、わかってなければなんて思いました。


ま、そんなひねくれたことを思わないとバランスがとれないくらい、映画が良すぎました。


ちょっと低迷してた気がしてたのだけれど、近ごろ映画が熱い!

カールじいさんとかも良すぎた!!!
- | 23:05 | comments(0) | - | pookmark
我が劇団
2010020920410000.jpg
先日アズイフの定期稽古でやすみんの誕生会が行われました!

ホントはりょーちんの誕生会もしたかったんだけど休みでした。残念。

なんだかんだで劇団の結束は固いもので。近ごろではただの馴れ合いではなく、劇団としての目的意識も統一されてきました。
今更?今更です。しかしこれはなかなか重大なコト。

三年後は円形劇場ですのでヨロシク!いや絵空事のつもりは毛頭なくて。


そういう目的意識ができると、今まで以上に己の未熟さが気になります。
足りないことばかりだ。

まだまだ自分は道の途中。

研鑽と研究を怠っていいはずがなく。

とにかく当面は2月のなないろ!3月のシアターゲート!

無駄にしちゃならん。一歩でも半歩でもにじり進もう。
焦る気持ちも無駄ではないはず。
- | 23:56 | comments(0) | - | pookmark
メイキング『死が二人を別つまで』vol.11
人類滅亡!!!

何故だかどういう理由かはわからないが、ある日突然あっという間に人類は滅亡した。…たった二人の夫婦を残して。

街も政府も社会も無い、あるのは荒れた大地とマイホーム。それでも始まる新婚生活。
こんな世界なのにありふれた、そんな世界でも幸せな、ドコにでもありそうでドコにもありえない、星の上にたった二人の夫婦の物語。

この物語は、永遠に続く―



飢田コウヘイ初の脚本・演出作品!

なないろ風船番外公演緑組vol.3
『死が二人を別つまで』
作・演出/上田恒平
公演情報はこちら




衣裳の構想も固まり、稽古の方はやっとポーズ&ステップの動きも確定しました。
あとは一場の動きを多少変更してエンディングをつければ、完成!ひたすら通し稽古に入られる算段です!

一時間と短い芝居なんで、返し稽古より出来るだけ通しを繰り返そうと思ってます。流れが大事な芝居だし。

10日後には始まってます。

あとは精度の問題なのだ。


確かに小さい小屋で短い芝居だけど、自分は人々の記憶に残る名作を創るつもりでやってます。

後悔が残らないなんてあり得ないけど、今できる全力を注ぐ。


この芝居、構成の段階で「こんな演技をしたらゾクゾクする」という要素が練り込まれています。
単に話を筋立てるだけじゃなく、こんな演技をさせたいと思って台本を書きました。だから役者に要求することも、ちょっと難しい。

だからこそ、余すところなくやる。やってほしい。


2010020723110000.jpg
死が二人を別つまでの三割は焼き肉が原動力です!
自分探しなのかもしれない
「役者っていろんな人生を味わえるじゃないですか!医者にも猫にも宇宙飛行士にもなれるなんて、他にありませんよ!」

役者を始めた頃の、この道を選んだ動機としてこーゆーコトを言ってました。そして誰かがこーゆーコト言ってるのを時々聞きます。

でも、今ではそんな風に思えないわけで。


ヤクザを、孤児を、異次元に飛ばされた駅員を、悪魔を、豆腐を、いろいろな役を演じるにあたって、いろんな職業を研究し、いろんな人生をシミュレートし、いろんな感情にメスを入れて、見てる人にとって役そのものに見えるように表現してきたし演技してきた。
深く深く役づくりして、その役について知れば知るほど、気づけば気づくほど、解れば解るほど、この役は自分じゃない。という認識が深まるだけ。

どんなに舞台上でそういう風に見えても、カットがかかれば、舞台袖に引っ込めば、自分は自分に戻る。

その度に確信する。自分は他人にはなれない。


逆に、自分という存在が浮き彫りになってくる。

取り立て屋。この人間はこういう人生観でこういう欠点があってこういう癖がある。
だから自分とは違う。

泥棒兄弟の兄。この人間はこういう家庭環境でこういう生い立ちがあってこういうトラウマを抱えている。
だから自分とは違う。

考古学を学ぶ大学生。この人間はこういう人物に憧れてこういう性格でこういう才能を持っている。
だから自分とは違う。

たくさんの違うが積み重なると、だんだん自分という人間像が浮かび上がってくる。
自分の絵を描くのではなく、背景が埋まっていくことで自分という人間の縁取りが勝手に現れていく。


「役者をやってると、自分が何者かわかる気がするんですよ」

今ではそう思う。

そしてそれはすごく幸せなことだ。
- | 03:22 | comments(0) | - | pookmark